Artist Reviewについて
MAD アート・プロジェクトでは、「アート」を通して、社会の今と次の姿を感じ、考える機会をつくる活動として、アーティスト、キュレーター、ギャラリストや学芸員といった美術関係者の多様な姿にフォーカスを当てた記事の発信を行っています。これを通して、美術関係者には、時には伝わりづらくもある自らの活動の内容やその意味を広く周知する機会を、読者の皆さんには新たな思索を行う機会を提供していきます。
文・吉田広二(GALLERY SPEAK FOR)
イントロダクション
留学先の米フィラデルフィアから90年代半ばに帰国後、東京・青山のレントゲンクンストラウムを拠点に次々と作品をリリースし、高く評価されてきた渡邊英弘さん。
真っ白な機体の航空機だけが行き交う空港や、ランドマークの消失した空虚なシティスケープなど、3Dソフトを効果的に使った彼のアートは、デジタルによって急速に拡張される現代人たちのイマジネーションを、洗練された話法で写し取るインパクトがあった。
その後は主に企業とのコラボレーション、商業デザインやビジュアルディレクションを手掛けていたが、2024年以降また新作シリーズに取り組んでいる。
かつて発表した作品群は、近未来的リアリティを帯びる先駆的なものだったが、2030年代を前にしてアート界に帰還したその「パスファインダー」は、次にどんな道を指し示すのだろうか。
隔たりが溶けゆく世界観を写真化
― アメリカから帰国してアーティスト活動を始めた頃、「フローティングシティ」という一連の作品を発表し、それは渡邊さんの重要なシリーズになっていきますね。
90年代、ごく日常的に大きな影響を受けた体験のひとつは、飛行機での移動でした。アメリカという異国の地に降り立っても、驚くほど違和感なく自分の気持ちが場に溶け込めた。逆にそのことに僕は違和感を感じていました。
航空機は当時も今も、最速の公共交通手段です。スピードが空間の隔たりを一挙に溶かし、どの街をも均質化していくダイナミズムの影響が、自分だけでなく人々の中にもあるのではないかと感じ、その象徴として真っ白な飛行機の作品を作ったことが起点です。やがてシティスケープと結びつける構想に行き着き、「フローティングシティ」の制作が始まりました。グローバリゼーションという言葉が盛んに使われ始めた時代に、僕が肌で感じ取っていたことをテーマとして作品化していきました。

Floating City 1997
― アウトプットの方法として、3Dソフトを使っていました。
どういう表現手法を使うか考えた時に、既に目の前にPCがありましたから、それほど悩むことなくPCを選び、3Dソフトを使ったプリント作品として均質化された街を描き始めました。同時に立体のインスタレーション作品も作るなど、さまざまな角度から自分の考えにアプローチしていましたが、物体を自分で作り上げていくことにはリアリティを感じなくなってきた。次第にPCと写真を使った表現に集約されていきました。
作品発表当時、作品が包含するテーマに共感してくださる声よりも、どちらかと言えば、CGを使って作品を作る方法論への反響のほうが大きかったですね。自分にとってリアルなツールを使っただけでしたが、ある種の表現潮流の嚆矢になっていたのかも知れません。

my oridinary days 2008
剥ぎ取れない東京郊外のリアリティ
― 「フローティングシティ」のシリーズでは暗い、怖さのニュアンスがありました。グローパリズムへの批評を反映していたのでしょうか?
グローバリゼーションが世界を均質化していくこと自体は、今も当時も全くネガティブには捉えておらず、そうなりつつある現実に従っていくという気持ちだったかも知れません。
もっと人間同士が融合し合えれば幸せになっていくんじゃないか、世界の成長の一過程かも知れないとも見ていました。街の均質化の究極は月や惑星だと感じ、宇宙が主題に入っていた連作もあります。
怖さのニュアンスは、意図せず自然に出ていたようです。「フローティングシティ」で描かれている街には、光に照らされながらも暗さが強く描き出されています。ビルはたくさん見えるのに、下のほうは底なし沼のように陰っていましたね。人間が生きる世界には明るいところもあれば暗いところもある、ということも含めて表現したかったんじゃないかと思います。
―渡邊さんの育った東京郊外の風景が題材に影響していたと見る人もいます。
恐らく影響はあるでしょう。子どもの頃の僕にとって、調布飛行場が遊び場でした。当時はセスナ機がたくさん駐機していて、かまぼこ型をしたアメリカ軍の兵舎には子どもでも容易に近づけたのです。隣には天文台もありますし、飛行機と宇宙とは、その時から結びついていたモチーフなのかも知れませんね。
アーティストの作るものは、自己にとってリアルなものであるべきです。リアリティをもって感じているからこそ、そこから出てくるものはどのような手法をとったとしても作品の強みになっていく。ある場所に一定期間根ざして、自分の存在が染み込んでいるところから、逆に吸い上げて作品化していく、そのことが自分にとってのリアリティだと思っています。

Jan 14th 2008

out skirts 2009
見る側あってこそ自分は考え進む
― 渡邊さんにとって、アートを作ることとは何を意味しますか?
アーティストの役割は、何かの答えを出すことではないと思っています。自分で見たもの、聞いたもの、感じたことを咀嚼して、改めて自分なりの手段で再構築し、見てもらう。作ったものを確かめながら先に進めていく。僕はそういうことをずっと続けてきたし、今後も続けていくでしょう。
普通に生きていて、そこから得られるものが創作の源泉です。同じ感じ方をしても、アーティストによっては貪欲に中に入っていったり、リサーチや深堀りをする人もいてアプローチは千差万別ですが、僕の場合は日常で感じるところを素直に作品化することで止めています。見る側にある程度委ねるという感覚です。逆に、見る側があるからこそ自分の考えが生まれているのです。
アート作品に社会的な影響力はあると思いますけれども、作家が意図してそう作るわけではなく、受け取る側がどう位置づけるかによって、社会性を持った作品なのかそうじゃないのかが決まってくると考えています。
―現在のテクノロジーの進展や、社会状況の変化をどう捉えていますか?
以前、こうなったらいいなと漠然と思っていたことが、いつの間にか実現していると気づくことが多々あります。人工知能など、人間の存在自体をかき乱してしまうようなツールが私たちの日常の中に入ってきていますね。でも、全くネガティブには思っていません。それをうまく取り込みながら、皆んなで次の社会作りにつなげていくよう歩んでいけばいいし、またアーティストとして、今はこういう状況だという受け止めを表現していけばいいと思っています。
90年代と比べて、内容的にアップデートされているだけで、自分のスタンスは不変です。アート活動は現実にあらがう手段ではなく、考え方を押し付けていくことでもない。社会を受け入れていく態度の一形態なのかも知れません。それを見る側に自然に受け止められたらいいですね。
影を退ける社会と自己との対峙
―そうしたスタンスにおいて、どのような新作を作っているのですか?
テーマとしては「光と影」の関係です。GALLERY SPEAK FORでの僕の個展「Shades of Time 時間の帳」(2011年)には既にそうした要素が入っていましたが、今の自分も注目しています。

Everlasting Blink 2008
現在の社会を見ていると、明るいところばかりがスポットを当てられていると感じます。テクノロジーも多くの場合、隅々にまで光を当てるため用いられている。それに対して影、つまり見えにくいものや曖昧なものが退けられ、人々が見ようとしなくなっているのではないでしょうか。その中には孤独ということも含まれると思う。孤独も大切なことで、孤独があるからこそ自分と向き合いアイデンティティを作り上げていけるはずですが、その孤独さえも「影」「悪」のように捉えられている。それが興味深く、自分なりの表現にできないかと思っています。
―今の時代に選んだツールは何ですか?
形態としては、画用紙を支持体としたペン画を制作しています。その時代に生きるアーティストとして、扱うべきツールがあると思っています。最新のツールを使えばいいということではなく、逆に趨勢と違うものをアンチテーゼのように使うことも含まれるでしょう。
今、僕が作っている新作の工程の一部にはAIの要素を入れていますが、そのまま出すのではなく、AIに象徴される社会状況と、ひとつひとつ紡いでいくようなペンの運びを自分自身の存在として、バランスをとりながら作品に盛り込んでいく。その2つの関係性が何か新しい矛盾を浮き上がらせるのではないかと期待してします。

―今後の活動について、目指していることがあれば教えてください。
アーティストとしての生き方の面で、これまでの自分の動きが必ずしも正しかったと言えないところは多分にあります。もっと外とのつながりや、新しいものへ手を伸ばす積極性を強めていきたいですね。自分自身の活性化と、アウトプットのクオリティをあげていくため、自分の次を作っていくために広がりのあるアクションは必要です。例えばコミュニティを作っていくとか、つながりを作り上げていく、そうした部分は強化していかなければと思っています。
編集後記
仮想的シティスケープになっていた渡邊さんの「フローティングシティ」には、一見するとミステリアスでファンタジックな趣きがあり、今も人々を容易に惹きつける。しかし取材を通じて、アメリカ留学時代にグローバリズムの元での自己所在の曖昧さを見つめ続けた孤独と迫真性こそが、作品に誘引力を与えていたのだと気付かされた。当時3Dソフトを選んだ理由もごまかしがない分、伝わりやすい。
今は一転し、ペン画に取り組んでいると聞き驚いたが、光と影の主題に挑んでいる理由や、影を退けがちな社会傾向を興味深く捉えようとしている視座に、再び同質の迫真性を感じた。作品を受け取る側がどう位置づけるかでその社会的な影響が決まるとは、まさに王道の美術観であって、見る側の感性が彼の前で今こそ試されている。
MAD アート・プロジェクトでは、今後もアーティストをはじめ、様々なアート関係者へのインタビューやその他の企画を通して、社会に資する活動を行っていく予定です。
