Artist Reviewについて

MAD アート・プロジェクトでは、「アート」を通して、社会の今と次の姿を感じ、考える機会をつくる活動として、アーティスト、キュレーター、ギャラリストや学芸員といった美術関係者の多様な姿にフォーカスを当てた記事の発信を行っています。これを通して、美術関係者には、時には伝わりづらくもある自らの活動の内容やその意味を広く周知する機会を、読者の皆さんには新たな思索を行う機会を提供していきます。

 文・大瀬友美 (MAD アートコーディネーター / キュレーター) 

イントロダクション

西山美なコさんの作品と言えばキラキラおめめの少女、フリルやハートでいっぱいのベッドル ーム、テーブルいっぱいに飾り付けられたバラ。そのどれもがピンク尽くしで、いかにも女の子らしい夢が詰まっている。そこに重ねられるのはもうひとつのピンク、男性の性的な欲望だ。過剰なまでに強調されたピンクは「かわいい」「きれい」で済むものではなく、まるで警告色をまとった毒ガエルのようにグロテスクな魅力で迫ってくる。
この毒々しさは、「ピンク」という切り口で日本社会のジェンダー構造を分析する西山さんのまなざしの鋭さでもある。その視線はどのようにして獲得されたものなのか、制作の原点と軌跡をうかがった。

カメラが捉えたピンクと「私のなかの女の子」 

 ― まずはアーティストになったきっかけから教えてください。

両親が美術教師だったので美術は自然と身近にありました。きっかけと言うべき出会いがあったわけではないですね。子どものときの遊びと言えば画用紙に絵を描くことでしたし、中高生のころには自然と美大に行くものだと思っていました。うちは 3 人兄弟なのですが、結果的に美術の世界を続けているのは私だけなので、同じ環境にいてもそれぞれ違ったものを求めて行くんだなと思います。
京都市立芸術大学では油画専攻で抽象画のクラスに所属しました。画材は自由だったので実際にはアクリルや木炭などいろいろなものを使っていました。四角いキャンバスをはみ出してどんどん変形になっていったり、紙をぐちゃぐちゃの粘土のように溶かして、平面のクラスで立体制作やインスタレーションしていました。当時から天邪鬼な性格だったんでしょうね。

― 学生時代は写真もたくさん撮っていたとうかがいました。カメラの使用は西山さんの制作においてどのような意味があるのでしょうか。

カメラは私の制作において重要な要素です。学生時代は身の回りを撮っていました。一瞬で光の加減がきれいだと感じたところを撮ってしまうんです。当時はまだデジタルカメラがなくてフィルムだったので、1本で24枚か36枚しか撮れません。お金もかかりますよね。それにも関わらず、ついパシャパシャと撮ってしまうんです。露出計算とかそういうことは何もできなくて。ただ感覚に頼って撮りまくっていました。撮っているうちにカメラを通して自分の視点を発見できるんです。立体作品にもカメラを沢山向けることで次の作品のヒントを見つけていました。自分を発見するための窓のようなものでした。

初個展(1987)スナップ写真作品
Untitled 〜1987
Copyright. NISHIYAMA Minako


― 現在ではシュガーペーストでバラを作り、それ自体も作品ですが、バラを撮った写真も発表されてます。

カメラは自分の視線に気づかせてくれますが、同時にレンズが人間の目には見えない視点を与えてくれることもあります。バラの作品を撮るときは接写レンズを使っているのですが、肉眼では見えないところまでよく見えるんですよ。砂糖の溶けかかっているところや埃、虫、そういうものもすべて入れたいんです。ある時にはアリが写りこんで、自分がアリや親指姫になってバラに顔をうずめているような感じになりました。

Untitled 2003
Copyright. NISHIYAMA Minako

― バラのシリーズはむせかえるようなピンクが印象的ですが、西山さんはほかの作品でもピンクが多用されています。そのきっかけもカメラだったそうですね。 

はい、ピンクに惹かれる自分を発見したのもカメラを通してです。子どものときはピンクなんてまったく意識していませんでした。自分のことはボーイッシュだと思っていたんです。女の子らしさを押し付けられて嫌だったということでもなく、姉と自分を勝手に相対化して、型にはめ込んでいたんでしょうね。1970 年代当時は「ボーイッシュ」という言葉が流行 っていて、ボーイッシュな女の子が主人公のアニメやテレビドラマも多かったので、そこへ自分を投影していたというのもあるかもしれません。
でも写真を撮るようになってから、自然のなかにあるピンクに反応しだしたんです。作品を作るということは自分と向き合うということでもありますから、それまで押し殺していた自分のなかの女の子的な部分が噴き出してきたのかもしれません。ほんのりピンクの軟体動物やフリフリした体のウミウシに惹かれたり、夕焼けでピンクに染まった山も好きでした。夕焼けが嫌いな人っていませんよね。誰もが惹かれるものだと思います。そういうところから「ピンク」というものを意識し始めました。

ピンクに重なる少女の夢と男性の欲望

― 大学院の修了制作として発表した≪ザ・ピんくはうす≫(1991 年)もタイトル通りピンクが印象的な作品で、フリルやハートなどいかにも女の子が好きなものが詰まっています。しかし同時にいかがわしい感じもして、単純に「ガーリー」の一言で説明できるものではありません。翌年の≪♡ときめきエリカのテレポンクラブ♡≫(1992 年。以下、≪エリカ》)などテレクラをモチーフにした一連の作品でも同様のことが言えます。これらは西山さんの代表作とされるものだと思いますが、どのような制作意図だったのでしょうか。

♡ときめきエリカのテレポンクラブ♡ /  ♡Erica’s Palpitant Teleppone Club♡ 1992
展示風景
photo 西村浩一 ( Koichi Nishimura )
兵庫県立美術館蔵

♡あこがれのシンデレラステージ♡ 1996 (2024年の展示風景)
photo 西山美なコ
Copyright. NISHIYAMA Minako

ピンクという色を強烈に意識しだしたころに見つけたのが、電話ボックスにみっちり貼られたピンクチラシです。ピンクには女の子のピンクと大人のピンクがあって、それらが表裏になっていることに気がついてしまったんです。当時は京都に住んでいましたが、木屋町の裏のほうに行くと電話 BOX やら電柱にチラシがたくさん貼ってあって、目に付かざるを得なかったんです。初めて見たときに「何これ!すごい」と衝撃を受けたと同時に「これは集めるしかない」と。京都だけでなく大阪や東京でも、行く先々で集めました。当時はポケットティッシュ広告でもテレクラの電話番号がたくさん配られていて、そういうものも作品にしたら面白そうだと思ってしまったんです。

― ピンクチラシ集めたのですか。

全国各地、博多でも札幌でも見つけました。訪れた先では必ず電話ボックスをチェックしていましたよ。集めているうちにわかってきたんですけれど、地域性がものすごくあるんですね。京都はまだかわいらしいほうで、大阪の十三(じゅうそう)のチラシはも っと大雑把なデザインでした。ニューヨークやヨーロッパでも見つけました。海外はテレクラというより水商売のコールガールのカードなんですが、電話ボックスを見ると必ずあるんです。当時のコレクションは今でも持っていますよ。

Sweet Wall Papers (部分) 2002
個展〜スイート・ドリーム〜(三菱地所アルティアム)
photo 中村光信 ( Mitsunobu Nakamura )

― 地域性があるというのは面白いですね。海外にも行かれたとのことですが、日本で言うところのピンクチラシは海外でもピンクなのでしょうか。女の子向けのピンクとアダルトなピンクが重なるのは、女性に幼さを求める日本の風潮が関係しているのではないかと思ったのですが、ほかの文化ではどうなのでしょうか。

たしかに女性に求めるものが日本と違いますね。欧米では胸やお尻がボンッボンッと出ている女性が好まれると思います。色は、たまたまかもしれませんが私が持っているのは白黒のカードです。繁華街に行くとパンク的なショッキングピンクが記号的に使われていましたが、日本のかわいらしいピンクとは違います。そういうのは日本やアジアだけかもしれないですね。韓国と中国は少女漫画的な絵柄のチラシがあったので、日本と同じようなロリコン的感覚があるのだろうと思います。でも最近の韓国アイドルは違いますね。戦略的に欧米の感覚に合わせているのかなとも思いますが。

視線を惹きつける両極端のピンク

― ≪ザ・ピんくはうす≫の前には女性の乳房を模したソフト・スカルプチュア(柔らかい素材の立体作品)をいくつか作っておられて、これもモチーフとしてはエロティックですね。しかし使われているピンクは強烈なものではないですし、素材の柔らかさもあって母性や安心といったものを感じさせます。また、いくつか手がけておられる病院の壁画も淡い色合いで、人の欲望を刺激するのではなく気持ちを落ち着かせるピンクだと思いました。作品によって使われるピンクが対照的なのはなぜでしょうか。

Untitled  1988
photo 西山美なコ

ふたつのピンクは意識的に出てきたものではなくて、自分が惹かれるものを追いかけているうちに成り行きでそうなったんです。「癒し」ということを意識していたわけでもありません。実は、先に制作へのテーマがあることなんてほとんどないんです。
乳房の作品は学生時代ですが、「男性にあげたら驚くだろうな、困るだろうな」といういたずら心で作り始めました。ストッキングだけでなく、ブラジャー、京都の蚤の市で買ってきた長襦袢など、下着を材料に使ってオブジェを作っていました。
壁画の作品はもっとずっと後で、2003年頃からです。部屋に入った瞬間は真っ白に見えて何もないのかと思うくらいほんのりしたピンクで描いています。こういう壁画を描くようにな ったきっかけは、もともとはくっきり見えるプランで描くつもりでアトリエであれこれと試行錯誤していたときのことです。やり直しをしたくて描いたものの上から白ペンキを塗っていたのですが、ピンクってなかなか消えないんですよ。本当はグレーで消すのが正解らしいのですが、私はそれを知らなくて何回も塗り重ねをしていました。するとピンクがほんのりしてきて、それに惹かれている自分に気が付いたんです。それでそのギリギリ見えるか見えないかというピンクを作品にできないだろうか…と。おもちゃやテレクラの派手なピンクとは真逆なんですけれど、惹きつけられるという意味で私にとっては同じなんです。過剰なピンクにしても、ほんのりしたピンクにしても、とことんまで振りきらないと気が済まない性格なんだと思います。先ほどのカメラの話につながるんですけれど、ほんのりした壁のピンクを発見したとき、「これってイチゴ大福と同じだ!」って気づきました。イチゴの色がもちの下から透けて見えますよね。和菓子は食べ物としてはそんなに好きではなかったんですけれど、写真を撮りたいがために昔よく買っていました。視覚的に惹かれるというだけでなく、内側からふわっと膨らんでくるような形に触覚的に惹かれます。同じ理由でパンもたくさん撮っていました。

Pink Vacancy  2004
個展Pink Vacancy(資生堂ギャラリー)
photo 金澤正人( Masato Kanazawa )

平面に奪われる視線、アートが拓く視線

― ≪ザ・ピんくはうす≫や≪エリカ≫はおもちゃのパッケージやピンクチラシをモチーフにしているので、描き方もそれらに倣って平面的ですね。陰影や遠近法などは使われていません。平面性や二次元性といったことについては意識的だったのでしょうか。

はい。そうですね、「平面の暴力」ということをよく考えていました。≪ザ・ピんくはうす≫≪ エリカ≫を作っていたころ、おもちゃの箱を探して大阪の松屋町(ま っちゃまち)のおもちゃ問屋や、電気街の日本橋(にっぽんばし)へよく行っていたのですが、ポップに書かれた言葉が街中を埋め尽くしていて「これを買え!あれを買え!」と迫ってくるんです。そしてそれらはすべてゴシック体1なんです。あれにはびっくりしました。秋葉原が今のようなアニメの街ではなくて電気街だったころも、やはりゴシック体に溢れていましたよね。今でもヨドバシカメラのような大型量販店がそうです。平面には人の視線を無理やり奪っていくような暴力性もあると思います。まだ村上隆さんが「スーパーフラット」という概念を打ち出す前でしたけれども、私は日本のすみずみを覆い尽くすフラット性とその力について考えていました。今思えば、田舎育ちだったので、日本の都会の風景が奇異に新鮮に感じられたというのもあるんでしょう。言わば異邦人の目でした。

1. ゴシック体:体表的な書体のひとつ。明朝体とは対照的に線の太さがほぼ均一で、シンプルで力強い印象の、視認性が高い書体

― 西山さんが「平面の暴力」を考え始めるようになった 1990 年ごろと比べると、現代ではテクノロジーによって広告が高度化し、人々の視線はますます無理やり奪われるようになりました。
SNS でも「いいね」集めが過熱しています。こうした状況に対して、「平面の暴力」や「惹かれる」ということを考えてきた西山さんはどのようにお感じでしょうか。

無理やり視線を奪う力は情報化社会のなかでさらに先鋭化されてきていると思います。そうした状況に対して何ができるのか私には…わかりません。目を瞑ったり、瞑想したりすることはできるかもしれませんね。あるいは田舎に行くとか。自分で体感する力を取り戻す必要はあると思います。何にせよ、情報化社会から一時、自分を切り離すしかないですね。大人は自分でそういう方法を取ることができますが、子どもにどう対処させるかは難しい問題です。
アーティストとして社会に何かできるかというと、個人的にはアートに最初から目的をもたせるのはあまり好きではありません。でも、既成概念に囚われないアートの自由な精神が、結果的に社会を切り拓くということはあり得るのではないでしょうか。私の場合は今も昔も、自分の内と外を対話させることで自分の視点を発見するという方法を取ってきました。自分のアンテナに引っかかるものを見つけ、追いかけ、「なぜ惹かれるのだろう」と考え、フィットする言葉を探しているうちに世の中の構造が見つかるんです。

編集後記 

現代美術はしばしば頭でっかちだ。入念に練られたコンセプトがあり、現代社会に対して鋭い批評性を持っている、そういう作品が求められがちである。
しかし西山さんは、「惹かれるものを追いかけていたら成り行きで」と飾り気なくご自身のキ ャリアを語ってくれた。「天邪鬼なんです」、「いたずら心で」、そんな言葉にも西山さんの素朴なモチベーションとユーモアが表れている。作品の原点は常に個人的な好奇心だった。
それにも関わらず作品が個人的内面世界の表出に留まらず、社会の状況をつぶさに映し出して見えるのは、西山さんの惹かれたものに対する並々ならぬ探求心の賜物だろう。食べたいわけでもない和菓子を撮りまくり、とうに対象年齢を過ぎたおもちゃを買い集め、全国各地のテレフォンボックスを覗いて回る、その執拗さである。それはやがて社会の構造を発見するに至、作品として私たちに新しい視線を与えてくれる。

MAD アート・プロジェクトでは、今後もアーティストをはじめ、様々なアート関係者へのインタビューやその他の企画を通して、社会に資する活動を行っていく予定です。